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「車は贅沢vs車は必需品」論争が不毛すぎる理由【都会も田舎も”両方贅沢”】

2026年7月14日

先日、X(旧Twitter)でこんな論争を見かけました。

「田舎でも自転車で生活できるはずだ」と考える都会側と、「そうじゃないんだよ、車は必需品なんだ」と返す田舎側。
さらに「不便な田舎にこだわって車という贅沢品を持ちたがる意味がわからない。都会に移住すればいいのに」という意見まで登場して、なかなかの盛り上がりを見せていました。

で、僕の結論から言います。

あほくさ。

僕からすれば都会に住むのも贅沢だし、田舎で車を持つのも贅沢。
どっちも贅沢なんだから、あとは「どの贅沢を選ぶか」の違いでしかない。
都会にも田舎にも、それぞれ値札がついているだけの話です。

今回は、なぜこの論争が不毛なのかを書いていきます。

ユウスケ@まきまーです。Twitterもよろしくお願いします。
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「贅沢か、必需品か」という問いがそもそも罠

この論争、よく見ると「車は贅沢品か、必需品か」という問いで殴り合っています。

でも、この問い自体が無駄

僕たちが本当に選んでいるのは「車を持つかどうか」ではなく、「どこで暮らすか」だから。

  • 都会に住む → 高い家賃が自動的についてくる
  • 田舎に住む → 車のコストが自動的についてくる

どちらも、選んだ暮らしにもれなくついてくる「贅沢」です。

都会で車を使わない生活田舎で車を使う生活
払うもの都会の高い家賃車両代(ガソリン代、整備費、保険、税金など)
得られるもの時間、利便性、身軽さ移動の自由、移動空間、行動範囲

都会の高い家賃は「通勤時間の削減」や「便利なサービスにすぐアクセスできる環境」を金で買っている。

つまり贅沢。

田舎の車は「圧倒的な移動の自由」と「移動中の快適な居住空間」を金で買っている。

これも贅沢。

「田舎の車はインフラだ、必需品だ」という気持ちはわかります。
実際、車がないと生活が回らない地域があるのは事実です。
でも、それを言うなら都会の「駅近の家」だって生活インフラなわけで。

どちらの暮らしにも金がかかる。
それだけの話です。

極論、「必要だから仕方なく払っている」もまた贅沢
その「必要」自体が、選んだ暮らしから生まれているので。

なぜ殴り合いになるのか

じゃあ、なんでこの単純な話がこんなに燃えるのか。

理由は大きく2つあると思っています。

ひとつは感情の構造
「車は贅沢だ」と言われた田舎側は、生活必需品を否定された気がしてムッとする。
「都会の家賃は無駄」と言われた都会側は、自分の選択を否定された気がしてムッとする。

「自分の選択を否定された」と感じた瞬間に、相手の選択を否定し返してしまう。

もうひとつは情報のズレ
人は、相手の出費を自分の住んでいる場所の相場で読んでしまいます。

都心の相場感だと、車のコストは「安くても300万円から、駐車場は月数万円、出先のコインパーキングも高い、維持費も月数万」あたり。
その物差しのまま地方の「車は持ってて当たり前」を聞くと、それだけの金額を涼しい顔で払える人の自慢に見えてしまう。
逆に、地方の物差しで都心の家賃を見れば「その家賃は贅沢すぎるでしょ」に見える。

悪意ではなく、お互いに相手の”地域の価値”を知らないだけ。
でも本人の中では筋が通っているから、余計に引けなくなる。

この2つが噛み合って、争いが終わらなくなっているんだと思います。

この論争、ここまで白熱している時点で、都会側も田舎側もアホだと思っています。
勝ったところで賞金が出るわけでもないのに、両陣営そろって全力で他人の出費にケチをつけて殴り合ってるので・・・。

どっちが正しいかを決める必要なんて、最初からありません。
他人がどの贅沢に金を払おうが、自分の生活には1円も影響しないので。

それでもこの手の論争が定期的に燃えるのを見ていて、経験上ひとつ思うことがあります。

他人の財布の査定を始めるのは、たいてい、自分の支払いにどこか納得しきれていない人です。

自分の選択に本当に満足している人は、他人の選択に興味がありません。
わざわざ「そっちの金の使い方はおかしい」と言いに行くのは、そう言うことで自分の払いを正当化したいから。

都会側にも田舎側にも、これは等しく当てはまると思っています。
刺さった人は、相手を叩く前に自分の家計簿を見返すチャンスかもしれません。

そうでなければ、こうして、僕のブログネタになってしまいます。
最近、というかここ1年ぐらいは書くことに困っていたので、非常に助かりました。

必要か、投資か、趣味か

ここで、買い物の動機を分解してみます。

動機は「必要」「投資」「趣味(浪費)」の3つしかありません。
使い倒す前提で買うのが「必要」。
リセールを気にするのは「投資」。
スペックや見た目に金を積むのが「趣味」。

どれを選んでも正解。
好きにしたら良いと思ってる。

そして大事なのは、この3つは普通に混ざるということ。

混ざること自体は、まったく問題ありません。
問題は、混ざっていることに本人が気づかないまま、「必要」の顔で全額を払っているケースです。

まず、純度100%の「必要」がどういう姿をしているか見ておきます。

バスやタクシー、配送のトラックを見てください。
車体がクタクタになるまで走らせますよね。リセールなんて誰も気にしていない。
箱を走らせて金を稼ぐことが目的で、それが商売として必要だからです。
必要とは、本来そういうことを指します。

ただ、個人でここまで純粋になれる人はほぼいません。

というか、なる必要もない。

例えば、友人の場合マツダのMPVに乗っています。

確か走行10万km超の中古で50万円前後で買って、カスタムを施し、今は数十万kmまでしばき回しています。
リセールは完全無視。

多少くたびれ感は出ていましたが、実用は完璧。
そのうえハイパワー+サンルーフ+カスタムという、その人の好み=趣味の部分もちゃんと満たしている。

つまり彼は、必要と趣味を混ぜていることを、自分でわかっている。
わかっているから、減価を払い切った個体を安く買って、使い倒すという買い方ができる。

車は消耗品

混ぜるのが悪いんじゃない。
混ざっていることに無自覚なのが高くつくんです。

逆に、リセールが気になる乗り方・買い方をしているなら、そこには「投資」が混ざっています。

それも別に悪くありません。
堂々とやればいい。

ただ、「必要だから」と言いながら投資や趣味の金額を払うと、家計に思っている以上にダメージ入ることになります。

責めているわけではなく、贅沢なら贅沢で堂々と楽しめばいいだけの話。
まず把握すべきは、相手の財布ではなく自分の動機です。

「必要だから買う」は、むしろ一番シビア

じゃあ逆に、「必要」だけで車を買うとどうなるか。

先に言っておくと、必需性が決めてくれるのは「車が要る」ところまでです。
中古の軽で済ませるか、新車のワンボックスに乗るかは、丸ごと贅沢の領域。

だから「必要だから車を買う」を本気でやると、実はかなりシビアな判断の連続になります。
乗せる人数と用途から逆算して、過不足のないところに着地させる作業だからです。

先に原則を言います。

  • 移動するだけなら、軽かコンパクトカーで足りる
  • 大きな車を買う正当な理由は、原則2つ。
    「乗せる人数が増えた」か「仕事の事情」
  • 趣味的な機能性は可能な限り削る
    悪路の走行力(居住地域によっては不要)
    大荷物が積載できる空間(2人暮らしでハイエースは無駄にデカいよね?って話)
    豪華装備(オプションの装備全般)

この原則で人数から逆算すると、目安はこうなります。

条件目安の車両
こだわりなし、車という足が必要コンパクトカーや軽自動車(ノート、ミライースなど)
スライドドアの利便性を確保したいトールワゴン、軽トールワゴン(ルーミー、スペーシアなど)
メイン乗車4人
(子育て向け)
コンパクトミニバン(シエンタ、フリード)
メイン乗車5人以上
(子育て向け)
ミニバン(ノア、セレナ、ステップワゴンなど)
メイン乗車5人以上
(中学生以上)
大型ミニバン(アルファード、ヴェルファイアなど)
メイン乗車6~10人又は
大荷物あり
商用バン(ハイエース、キャラバンなど)

この表のポイントは、同じ「5人以上」でも中身がまるで違うという点。

同乗者が小さい子ども中心ならノア/セレナ級で足りる。
でも、中学生以上、つまり大人サイズの体が5つ6つ乗るとなると、途端に居住性が効いてきて、アルヴェル級の余裕が「贅沢」ではなく「実需」に変わる。
人数だけじゃなく、体格でもう1段変わるんですよね。

繰り返しますが、趣味なら趣味で堂々と楽しめばいい。
ただ、「家族のため」という顔をして1〜2ランク上の車格に手を伸ばすと、その差額は丸ごと趣味の請求書です。
逆に、差額を趣味と自覚して払うなら、何の問題もありません。

前の章で書いたとおり。

実際にはここにハイブリッド、純ガソリン、EVまで絡んできて、必要なものを選ぶというのは、とっても難しいことがわかります。

地方都市で車生活

ここからは僕自身の話です。

僕は以前、福岡市の都心部に住んでいました。
家賃を多めに払って会社の近くに住み、移動は徒歩と自転車。車なし。
当時の生活については過去記事に書いています。

この生活、本当に快適でした。
今でも「あれは正解だった」と思っています。

ただ、結婚を機に生活が変わりました。
二人で福岡市に住む前提で話を進めていたのですが、妻が北九州出身で車を持っていました。

最初は手放す選択肢もあったのですが、僕がもともと田舎育ちで「車があると便利」なのを知っているので、車を残す選択をしました。

今は都心から少し離れたエリアに住んでいます。
とはいえ博多(主要駅)まで歩けるし、天神(都心)まで電車ですぐの立地なので、ギリギリ都会の利便性は手放さずに車を持てる環境を実現させました。

前よりは圧倒的に不便にはなったけど・・・。
終電逃してもギリギリ歩いて帰宅できる。

この選択によって圧倒的な都会のメリットは捨てたものの、ギリ都会のメリットを享受しつつ、車の機動力を手に入れることができました。

実際のコスト感:車の維持費は月約3万円

参考までに、リアルな数字を全部出しておきます。
車は軽トールワゴン、走行は月1,000km前後、燃費は17〜20km/Lです。

項目月の費用備考
ガソリン代約10,000円月の走行距離は1,000kmと少なめ
駐車場約10,000円
税金900円毎年の軽自動車税
10,800円を月換算
車検、整備約5,000円車検(前回の実費65,000円)
法定12ヶ月点検
オイル、タイヤ交換などを月換算
任意保険5,500円対人対物無制限、車両保険、弁護士特約など、つけれる特約は一通り。
運転者は家族限定。
合計約31,400円年間376,800円

つまり、うちの「車という贅沢」の価格は月約3.1万円
これに車両本体は含んでいないので、ローンを組んでいた場合はもう少し出ていく金が増えます。

家賃は約8万円(1LDK・オートロック・鉄筋コンクリート・ネット無料)。

決め手は、駐車場代が含めても10万円以下で住むことができたから・・・。

一人暮らししていた地域で同じスペックの賃貸を探すと、この駐車場代の安さがまず消えます。
だから現状は、ざっくり「都心部で車なし2人暮らしをする金額」で「都心アクセス+車あり」の生活が成立している感覚です。

ここまで話しておいてアレなんですけど、この生活が成立している最大の理由は、僕が住んでいるのが「福岡市」だからだと思っています。

天神・博多といった中心部。
その外側にちょっと出るだけで、家賃も駐車場代も現実的に手が届く範囲まで下がる。
ここに本当に助けられています。

東京で同じことをやろうとすると、たぶん金額が倍以上になったり、似た条件を満たそうとした時点で千葉や埼玉まで出ることになるかも・・・?
ただ、千葉や埼玉が田舎かと言うと、エリアによっては福岡市よりデカい気がしているので「都会で車生活」もできそうな気がします。

地方都市のメリットを最大限受けてる感じがする

車があって変わったこと

車があると食材のまとめ買いが圧倒的に楽になりました。

ちょっと大きめのスーパーまで車を走らせて、手に持って帰宅できる量以上に買い物する。

一人暮らしの頃は徒歩圏内のスーパーで「手に持てる範囲」の買い物で困っていませんでした。
でも2人分の食材となると、話が変わります。

今も徒歩10分圏内にスーパーはあるので、軽い買い物なら歩けばいい。
ただ、重いものやまとめ買いのときは、その10分の距離でも普通に車を出します。
怠けているわけではなく、単にそれが適材適所だからです。

贅沢と必要の基準がわからんくなってきた。

うちがギリ都会のエリアで生活する中で車と必要としている場面。
「重い荷物を運ぶ」「まとめ買いの食料や消耗品を運ぶ」は、田舎の車がやっていることと1ミリも変わりません。

「都会で車なんて贅沢だろ」とよく言われますが、贅沢か必要かのラベルを貼り合う前に、まず普通に役に立っている。
つまり、車の実用性そのものは、都会だろうと田舎だろうと同じ
あれば普通に便利。 場所によって変わるのは「その便利さにいくら払うことになるか」という金額の方だけ。

もちろん、依存度には差があります。
田舎は代替手段が少ないぶん車の出番が多いし、都会は「歩く・自転車・車」から選べる余地がある。
ただ、車の出番がいつになるか?だけを見てしまえば、都会でも田舎でも変わりません。

差があるのは、どれだけ多く出番があるかだけ

だから「都会の車は贅沢/田舎の車は必要」みたいな線引きは、やるだけ無駄な議論だと思っています。
同じ働きをする道具に、住んでいる場所というだけで別々のラベルを貼っているだけ。
問題は財布との相談で、その答えが人によって違うというだけの話です。

カーシェアの存在

ついでに言うと都会には車を所有しなくても乗ることができます。

便利なカーシェアサービス

僕も一人暮らしの頃は、これで足りていました。
当時の車の用途なんて主にデートくらいで、食材も一人分なら1回のまとめ買いで2週間はしのげる。
そもそも車の出番が少なかったんです。

その程度の使い方なら、車を所有するより、必要なときだけ借りる方が圧倒的に安く済みます。
計算してみたら、1年間でだいたい11万円ほどの利用でした。

ところが結婚してからは、同じまとめ買いでも2週間もたなくなって、買い物の頻度が一気に増えました。
「そんなにまとめ買いせず、こまめに買えばいいのでは?」と思うかもしれませんが、正直それが面倒くさい。
その時間は仕事や趣味に回したいタイプなので、却下です。

じゃあカーシェアのままでよかったのか。

正直に言えば、そうかもしれません。
利用が単純に倍になるわけでもないので、金額だけ見ればシェアのほうが安かった可能性は普通にあります。

それでも所有を選んだ理由は、ひとつだけ。

カーシェアは車が予約で埋まっていて予定が狂うことが、まぁまぁの頻度で発生します。

これが思ってる以上にストレス。
車を持ってしまえば「使いたいときに使えないかもしれない」が消えます。

改めて言い切ってしまうと、うちに車が必須かと言うと、そうではないです。
子どもはいないし、仕事で使う用事もない。

時間効率を確保する便利ツールとしてお金を払う判断をした贅沢品になります。

でも、それでOK。

暮らしの状況と、自分の収入に合わせて、必要な贅沢を選ぶ。
それだけの話です。

結論:どの贅沢に金を払うかは、自分で決めればいい

「車が贅沢か必要か」でいくら議論しても、そこからは何も出てきません。

本当に考える価値があるのは、車の是非ではなく、“どこで、どう暮らすか”の方です。
ただし、それも勝ち負けをつける話ではなく、自分の落としどころを探す話。

そして冷静に考えると、生きていくために本当に必要なものって、ほとんど存在しません。

スマホ、PC、車、会社の近くの家、自然豊かな環境、自転車、外食。
全部なくても人間は死にません。

ほぼすべてが贅沢。

全部が贅沢なら、問うべきは「どっちが正しいか」ではなく、「自分はどの贅沢に金を払いたいか」

  • 通勤時間を金で買いたいなら、都会の家賃を払えばいい
  • 移動の自由を金で買いたいなら、車の維持費を払えばいい
  • 両方欲しいなら、両方成立する場所を探して引越をしたり、もっと稼ぐために働けばいい

そしてもうひとつ、同じくらい大事な問いがあります。

その贅沢は、自分の稼ぎとマッチしているか

正しい・正しくないを決めるのはライフスタイルで、成立するかどうかを決めるのは稼ぎです。
稼ぎが追いついていないのに家賃を引き上げるのも自由だし、追いついていないのにオプションマシマシの車に乗るのも自由。
ただ、その自由の代償は、全額自分に届きます。

加えて、この「払いたい贅沢」はライフステージでも変わります。

うちの車がそうだったように、暮らしの人数が変わるだけで道具の価値は変わる。
子どもが生まれれば、自転車の後部座席よりチャイルドシートの方が安全だし運搬も楽。
独身のときには不要だった贅沢が、家族が増えた瞬間に「払う価値のある贅沢」に化ける。
逆もまた然りです。

どの贅沢が「払う価値あり」に化けるかは、ライフステージ次第。
固定の正解なんてありません。

個人的には、他人の贅沢を査定している時間があったら、自分に何が必要で、何が不要かを見つめたほうが、よっぽど人生の役に立つと思います。

田舎が嫌なら転職でも転勤・配属の交渉でも引っ越しでもすればいい。
都会の家賃が高すぎて車が持てないなら収入を上げるため転職してみたり、副業をしてみたり、自分の妥協ラインを見極めて「車も持てて都会のメリットも受けられるエリア」に逃げるか。手はいくらでもあります。

ちなみにこの構造、賃貸vs持ち家論争でもまったく同じことが起きています。
必要なのか、投資なのか、趣味なのか。ごちゃ混ぜのまま殴り合っても、答えは永遠に出ません。

高いだけの意識で飯は食えないし、必要性を盾にしたところで、金が出ていくのは止められない

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  • この記事を書いた人

ユウスケ@まきまー

福岡在住の会社員兼ブロガー。クリエイターとして「MYN図書館」のマネージャーYとしても活動中。中学でボーカロイドと出会って以降、高校はラブライブ、専門学生の時はダンスラッシュと順調にオタク道を渡り歩く。社会人になってからはモルカー始め、かわいいものにお金を投じている。ネット依存症。詳細な自己紹介 ⇒ 「まきまーの隠れ家」運営者紹介

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